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バイオグラフィー
| 1867 | 6月8日、宣教師であり音楽師でもあった父ウィリアム・ラッセル・キャリー・ライトと母アンナ・ロイド・ジョーンズ・ライトの第一子として、ウィスコンシン州リッチランド・センターに生まれる。 | |
| 1887 | シカゴにてジョセフ・ライマン・シルスビーの事務所に製図工としての職を得る。 その後、アドラー&サリヴァンの建築事務所で働くようになる。 |
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| 自邸 1889年 (イリノイ州オークパーク) |
1889 | 結婚を機に自邸を建築。 |
| 1890 | アドラー&サリヴァン事務所で扱う住宅設計をすべて担当する。 | |
| ウィンズロー邸 1893年 (イリノイ州リバーフォレスト) |
1893 | イリノイ州シカゴで建築事務所を開設。 |
| 1894 | フランク・ロイド・ライトの作品に関する最初の展示会がシカゴ建築クラブで開催される。 | |
| ウィリッツ邸 1902年 (イリノイ州ハイランドパーク) ハートレー邸 1902年 (イリノイ州オークパーク) ラーキンビル 1903年 (ニューヨーク州バッファロー) |
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| ユニティ教会 1905年 (イリノイ州オークパーク) |
1905 | ライト夫妻が日本を初めて訪れる。 フランク・ロイド・ライトは日本の美術品、特に版画の美しさに魅せられる。 |
| ロビー邸 1906年 (イリノイ州シカゴ) クーンレー邸 1907年 (イリノイ州リバーサイド) ハント邸 1907年 (イリノイ州ラグランジュ) |
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| 1909 | 作品集出版の準備のためヨーロッパへ向かう。 | |
| 1910 | ベルリンのヴァスムート社より作品集が出版され、即座にドイツとオランダの建築家に大 きな影響を与えることとなる。 | |
| タリアセン 1911年 (ウィスコンシン州スプリンググリーン) |
1911 | 帰国後ウィスコンシ州スプリンググリーン近くに新しい家とスタジオであるタリアセンの建設を開始。 |
| 1913 | 帝国ホテルの設計依頼の件で、再来日。 | |
| 1915 | 帝国ホテルの設計第一案が完成。 | |
| 林愛作邸 1917年 (東京都世田谷区) |
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| 山邑太左衛門邸 1918年 (現ヨドコウ迎賓館) ※国指定重要文化財(兵庫県芦屋市) |
1918 | 帝国ホテルの絨毯を探すため中国へ旅行し、学者のク・フン・ミンに会い、北京の建築物を見学。 |
| 自由学園明日館 1921年 ※国指定重要文化財(東京都豊島区) |
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| 帝国ホテル 1923年 (東京都千代田区) ※現在愛知県犬山市博物館明治村に中央玄関を移築 |
1923 | 9月、関東大震災が東京を破壊するが帝国ホテルは残る。 |
| 1927 | 「建築のために」という見出しでアーキテクチャルレコード誌に14編の記事を1927年から1928年の間執筆。ベルギー王室美術協会名誉会員に選ばれる。 | |
| 1929 | ベルリンの学士院名誉会員になる。 | |
| 1930-1931 | 大規模な展示がアメリカとヨーロッパ(ドイツ、オランダ、ベルギー)で行われる。 | |
| 1932 | タリアセン・フェローシップを創設。『自伝』、『消滅する都市』を出版。フランク・ロイド・ライトの作品が含まれた『インターナショナル・スタイル』展覧会がニューヨーク近代美術館で開かれる。ブラジル、ナショナルアカデミー名誉会員。 | |
| カウフマン邸<落水荘> 1936年 (ペンシルバニア州ミルラン) ジェイコブス邸Ⅰ 1936年 (ウィスコンシン州マディソン) |
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| タリアセン・ウエスト1937年 (アリゾナ州スコッツデール) |
1937 | 世界建築家会議参加のためソビエトへ旅行。 ベーカー・ブラウネルとの共著『建築と現代生活』が出版。 |
| 1938 | 『アーキテクチャル・フォーラム』誌1月号がフランク・ロイド・ライト特集を組む。 フランク・ロイド・ライト、タイム誌の表紙を飾る。 | |
| スタージス邸 1939年 (カリフォルニア州ロサンゼルス) |
1939 | ロンドンにてサルブレーブ・メイナー・ボードでの連続講演を行う。この講演は後に『有機的建築』として出版されることとなる。ウェズリアン大学名誉芸術修士。 |
| 1940 | ニューヨークの近代美術館で大規模な個展『フランク・ロイド・ライトの作品』が開催される。 | |
| 1941 | 英国王位建築家協会名誉会員。King George VIより英国建築ロイヤルゴールドメダルが授与。フレデリック・グートハイムとの共著『建築について』を出版。 | |
| グッゲンハイム美術館 1943-59年 (ニューヨーク州ニューヨーク) ジェイコブス邸Ⅱ 1944年 (ウィスコンシン州ミドルトン) |
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| 1945 | 『民主主義が確立するとき』を出版。 | |
| 1947 | プリンストン大学名誉芸術博士。 | |
| 1949 | アメリカ学士院名誉会員。AIAゴールドメダル。AIAフィラデルフィア支部ゴールドメダル。ピーター・クーバー芸術振興賞。 | |
| 1950 | フロリダ・サザンカレッジ名誉博士。 | |
| 1951 | 大規模な展示『生きている建築の60年』をフィラデルフィアのギンベルデパートを皮切りにフィレンツェのパラッツォ・ストロッツで開催。 フィレンツェ市よりパラッツォ・ベッキオにて、メディチメダルを授与される。 イタリアよりヴェニス総督邸にてStar of Solidarityを授与される。 |
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| 1953 | ストックホルム王立芸術学士院名誉会員。 フィンランドナショナルアカデミー名誉会員。『建築の将来』を出版。 |
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| 1954 | フィラデルフィア・フランクリン協会から表彰状とブラウンメダルが授与される。 イェール大学芸術名誉博士。『ナチュラルハウス』出版。 |
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| 1955 | ウィスコンシン大学より芸術名誉博士。ドイツダルムシュタット工業大学名誉博士。 スイスチューリッヒ工業大学名誉博士。 エドガー・カウフマン編集『アメリカンアーキテクチャー』出版。 |
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| 1956 | ウェールズ大学名誉博士。 『ストーリー・オブ・ザ・タワー』出版。シカゴのリチャード・デイリー市長は10月17日を「フランク・ロイド・ライト」の日にすることを宣言。 |
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| マリン郡シビックセンター 1957年 (カリフォルニア州サン・ラファエル) |
1957 | 『テスタメント』出版。 文化センターデザインのためイラクバグダッドへ招待される。 |
| 1958 | 『生きている都市』出版。 | |
| 1959 | 4月9日、アリゾナ州フェニックスにて逝去。 |
